2017年04月04日

6.1割の男

明日からこんにちは。
だいたい明日。
カイシャジンとしての自覚 is dead.

初出勤は遠くにおいておいて、この前の続き。
僕が先生に言われたのは、

・飲み込みが早くて、頼まれたことはなんでもやってくれる。
・けれども実行が難しいことを断れないし、考察が浅い傾向にある。
・信頼を得るためには頼まれたことにすぐにアクションを起こす(断ることを含めて)必要がある。

とのことでした。
いやー心当たりしか無いですね。
感じていることをそのまま嫌味なく教えてくださる、最後までいい先生でした。

高校の文化祭が終わった時に同期に言われた言葉。
「marporeは10の仕事を投げても100の仕事を投げても6割で返ってくる」
っていうやつ。(数字はある程度適当)

1. 他人に良い顔するために、対面ではOKして
2. 見えてないところではダラダラして
3. 期限ギリギリに焦るのでクオリティが残念

自覚はしていたんだけど、なかなか治らないものですね。
許容範囲ギリギリを理解してしまうだけに、致命的なミスにならないのも厄介。
ぐう。

こんな甘いこといつまでも言っていられないですね。
というわけで、具体的な目標の発表でーす。
・レスポンスは可及的速やかに
・やることはすぐに手を動し、報告する
・断ることは断る

言われたことをひっくり返しただけな気もしますが、とりあえずこの3つを実践したいと思います。
(…断る基準っていうのは何なんだろうか…分からない…)

もうちょっとちゃんと書こうかと思っていた気もするけど、そろそろ寝ないといけないらしい。
平坦な毎日の中で違いを見つけていくためにも、日記はsocial, privateとつけようと思っているので、ちまちま来ます。
んじゃまたー
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2017年04月01日

6割の男

現在2017年4月1日。
昨日2016年3月31日。

先週の木曜日に卒業式があり、
facebookに皆様の晴れやかな姿が連日アップされているわけですが、
個人的には特に卒業した実感も社会人になる覚悟も無かったんですよね。
良く分からないままに追い出されているような。
研究室タスクがまだ残っていて、今週3日は行く予定だったのもあります。

しかし昨日、引き継ぎも片付けも終え、いよいよ卒業なのだなと。
人生の大半を占める学生から卒業するのだと。

未だに半分は信じていないし、この先どうなるかは全くわかりません。
それでもここまで健やかに(?)やってこられたのは、
自分と関わってくれた全ての人のおかげだと思っています。
こうお礼を言うべきなのは重々承知なのですが、
ここで言っても伝わる人があまりに少ないですから、
我こそはという方は飯に誘ってください。御礼させていただきます。

そんなわけでここでは好き勝手に書こうかと。
(似たようなことを昔に書いた気もしますが、)
研究室送別会にて先生に頂いた言葉について覚書をしておきます。

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--- 明日の投稿をお待ち下さい ---
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2015年12月30日

from 2015 to 2016-

あんな情けない記事を最上部に出しておきたくないので、筆を執ってみる。
あれは…悪い夢か何かだった。数ヶ月に一回くる夢。
原因はこれっぽっちも解決していないから。

でもひとつ、自分が昔から欲しいと思っていたものを思い出した。
死ぬまでで良いので、本榧の足付き将棋盤が欲しい。
縁側で、あの乾いた音を響かせながら、ゆっくりと将棋を指していたい。
駒は大学一年の時に天童で奮発して買って、一度も使ってないものを使おうか。

......

前の話はいいんです。
将棋の話はどっかでまたするでしょう。

もう年末というものらしいですね。
我が家ではしきたりに従って、年末年始は実家(?)に帰ることになっています。
話聞いていると、これって結構珍しいらしいですね。
そうすると尚のこと年末感無くないですか?冬コミ?

あとあれだ、今年は年賀状を年内に作りました。
作るってよりは中途半端に遊んで、できあがってみればとても人に送れるクオリティじゃない何かが生産されただけだったですが。
(ちょうど一年前ほどに5回目の引っ越しをしたので、もし住所が知りたい方がいればご連絡ください)

自分の納得できるものを作るっていうの、めちゃくちゃ難しくないですかね。
ポスターにしろ年賀状にしろ、その他諸々にしろ、締め切りに質を決めてもらう部分がある気がします。
挙げ句、自分で作ったものより人が作ったものの方が良いと感じるのがまた厄介。
以上2015年の僕より。


恥ずかしい話ですが、この年になってようやく次のことが分かった気がする。気がするだけ。手遅れかもしれない。
・したいように生きていいってこと
・人は変わるし、変えられるかもしれないってこと

ひじょーに雑に出しておいてあれですが、そろそろ家を出ねばならないのでした。(言ってるそばからこれです)
来年は、これまで以上にはっぴーにふりーに生きていければなと。
いつまでこんな甘いこと言ってられるのか分からないですが、ずっと言い続けていたいの。

そんな感じですが、今年もありがとうございました。
もし宜しければ、また来年もよろしくお願いします。
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posted by marpore at 11:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月24日

嘘と隠しごと

・嘘
事実でないこと。また、人をだますために言う、事実とは違う言葉。偽り。
・隠しごと
他人に隠している事柄。秘事。

デジタル大辞泉より。
ある言葉の意味は、他の言葉の意味の組み合わせによって十分に表現されているのか?

嘘と隠しごとの違いはなんだろう。
嘘は隠しごとなのか、隠しごとは嘘なのか。
嘘は自分のためか、隠しごとは他人のためか。
嘘は冗談なのか、隠しごとは秘密なのか。


サンタクロースに気がついたのは、小3くらいの頃だっただろうか。
それから、欲しいもので現実的な値段のものをお願いするようになった。
弟が7歳下にいるおかげで、しばらくはお願いが叶った。

いつしか、お願いをしなくなった。
お願いがなくなったのかもしれない。
そうして、プレゼントはお金になった。


昔から、感情を抑制して生きてきたように思う。
欲しいものは欲しくないように。
したいことはしたくないように。
辛いことは辛くないように。

自分の部屋を見回してみる。
自分で買ったものは何かあっただろうか。
パソコンにスピーカー、バッグに財布にパスケース、並んでかけられた上着たち。
どれも周りの人から貰ったものである。


つくづく、自分は幸せ者だと思う。
幸せ者は幸せでいなければならない。
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2015年12月11日

「iPadって何ができるんですか?」

週末のapple storeで60前半くらいのおじさんが店員さんに質問してて笑った。
何でもできるし、何もできない。

さてさて12月も中旬。
毎朝寒すぎて、10分かけて布団から出て、10分かけて着替える勇気を持って、1分で着替えて、1分で味噌汁飲んで家を出る日々。
それでいて電車は蒸し暑いんだからもう。

googleカレンダーが出来事メモと予定とTODOを兼ねてるのもあって、なかなかジュウジツした12月を満喫しております。
それも後半になってくると落ち着いてくるもんだから、嬉しいやら悲しいやら?
しかしもう2015年も終わると思うと、後ろ髪を引かれる思いであります。


とりわけ理由はないのですが、iPadで一つ思い出した母方の祖父母の話を。
うちのおばあちゃんはナカナカに気儘な人で、ずっと客商売をやってるからか、話好きで陽気で、お節介なほど世話焼きです。
バイキングに行った時に、これ美味しいから〜、とモリモリお皿に盛って持ってきてくれるほどです。
バイキングだから…と言っても分かってもらえないあたり、曲者です。
おまけに一口食べてあまり好みじゃなかったものは、美味しいよ〜って言って勧めてくるほど。
面の皮が厚いというかなんというか。

一方うちのじーちゃんはそうやって勧められたものを小言を言いながらも何でも食べちゃうような人。
家では割と物静かで、お風呂に一日数回入る人。
読売巨人軍と読書とマウンテンバイクが好きみたい。

そんな祖父母夫婦なわけですが、ある時、おばあちゃんがテレビか何かの影響でiPadを触ってみたいと口にしたことがあって。
じーちゃんが電化製品好きなのも多少あったと思うけれど、その次の休みの日にヤマダ電機に行って。
(夏休みかなんかで僕もいたので二人で行った。)
その場でiPadを選んで、分厚い簡単ガイドを買って、何事もなかったかのように帰る。

その帰り道で「あー、欲しかったマウンテンバイクはしばらくお預けだ」って半笑いで呟いていたのが凄く印象に残っていて。
普段の生活はそんな様子も見せないだけに、そういえば夫婦だったんだなと。
もちろんばーちゃんには僕も何も言いませんが。

そんなじーさんもここのところ手を悪くして走れてないようで。
ばーちゃんも妹さんがボケてきたみたいで、なかなか複雑な心境のよう。
そんな中でも変わらないものがあるのだなぁと。


そんなじーちゃんは遊びに行ってもばーちゃんと話してしまうからか、そんなには話すことがなく。
唯一ちゃんと話せるのが、髪を切っているとき(切られているとき)。

そんなわけで、そろそろ髪が過去最長に伸びてしまっているのです。
冬場は温かくて良いんだけどね。
iPadの使い方をレクチャーしにいかねばなりません。
posted by marpore at 04:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月02日

ピアノのための練習曲

なんだかんだ続けて書いてみる。
しょーもないことを書くと将来読み返すのが大変そうだが。


携帯が目に入ったので、好きな色の話をしてみる。
今の愛用機Nexus5は、携帯としては珍しく蛍光色っぽいオレンジをしている。
期間限定っていうのもあり、僕から見ても正直そんなにカッコよくはないこともあり、同じモノを持ってる人は2人しか見たことがない。
イカしてないけれども、ちょっと目立つし、見た人の半分は突っ込んでくる。
ということもあって、この子は結構気に入ってるし、カバーもかけてない。
(表面の保護シールを張り替えてないのはただの横着)

じゃあ何色がベストか、、、というと答えに詰まってしまうわけだが、
(黒みがかった)赤は数年前から好きだと意識していたと思う。

中学生くらいの時は一般の男子中学生よろしく(?)青とか黒とか寒色系が好きだった。
正確に言えば、好きだと言っていた。特段好きな色はなかったと思う。

どうして好みが変わったか、明確な出来事があったわけではない。(少なくとも覚えてない)
一つとして中3以降は私服登校が続いていたためか、ちょろっと目立ちたかったのはあるかもしれない。
あとは単純にあたたかそうであること。冷たいのよりは暖かいほうがいい。

なんで黒みがかかってるほうがいいのか…。なんでだろう。
奥ゆかしさを出したかったのか、目立ちすぎるのを恐れたのか、昔の名残か。

赤系が好きと言っても、全身にまとうと暑苦しいので、今は携帯やら帽子やらに忍ばせる感じになっている。
探そうと思って探した時に見つかるくらいの目立ち方が一番好きだ、と思う。

その点で言えば、今のハンドルネームも実は気に入っている。
地味に被りが無いのと、英語のノートとかに書いた時に三本線の上に出ないのと、読み方が人それぞれなのと、どう読んでも(?)間の抜けた感じになるのと。
最近おまけで適当に鏡像反転するとwarqureになるな…と気づいたんだけども、これは既出だったみたいなので無し。


とっさにパーッと書けるかもしれないと思ったら、自分の好きなものの話をするだけでも一苦労だ。
全然理屈だてられないし、何の話をしてるんだかよくわからなくなってきた。そもそも理屈なんてのがあるのか知らん。

そんなことより、なんで好きって単語に思うって単語をくっつけなきゃ気がすまないのか。
先は長そうだ。
posted by marpore at 06:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月28日

「どんな事柄にも意味があると思うのは、人間の悪い癖だよ。原因を探そうとするんだ」

 とある大学院内の研究発表会を終えたところ。
ここ数日は堅苦しい文章と慣れない英語を書かされていたせいで、文字を書くのが億劫になりつつある。
どうも論理をはっきりさせて書かないといけない文書になると、自分の使う単語が露骨に偏るし、文頭に接続詞を付けたがるらしい。
自分で書いてて嫌になっちゃうわ。

自分の研究テーマは好き(に思い込めている)はずなんだけれども、いざ対外発表となると、自分でもつまらないと感じる書き方をしてしまう。
エッセンス部分を記号的に取り出してくっつけたような書き方。

ただ、考えてみると、研究に限らず、自分とか自分の何かを対外的に発信する・表現するのは苦手だったなと。
某塾の某先生に言われた言い方をすれば、「わざと最初自分で下げておく生き方」だっけな。
そしてこういう風に他人の言葉を借りて何かを発信しようとする卑怯さよ。

しばーーーらく前にぽろっと呟いた記憶があるんだけれど、表現することによって本当の自分の小ささ(大きさ?)が透けて見られるのが怖い。
多少マトモなことを何かをこのブログで書くのも怖かった。
自分がつまらない人間だと知られてしまうのが怖い。
最近は見る人も減っただろうという甘い考えとか、どう思われてもいいやっていう投げやりな気持ちとか、それとチョットの承認欲求で書いている。

表現って言うのは、別に文字で綴るだけじゃなくて。
何かを新しく自分で作ったとき、それは自分の何かを表現しているはずだし、そうじゃなきゃ何かを作らないんだろう。

だから、僕は何かを作ったことが無い気がする。
少なくとも一人では。少なくとも人に見せるものは。

だから、それでも自分と向き合って勇気を出して表現しようとする人は尊敬するし、その表現したものを知りたいと思う。表現することを止めないでほしいと思う。
などなど。

ま、つまるところ研究するより論文書くよりスライド作るより、何か作りたいなと。
来月は交流会でポスターと、某社のインターンで人工無能と、某イベントでゲームAIを作るようにしてみた。
どうなるかな。

なにかかわるのかな。
posted by marpore at 02:21| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月08日

スタンプクリエイターで生計を立てたい

タイトルがオチです。


今週は高校の文化祭に就活交流会?に先生の退官パーティーとまともに活動していなかったので、慌てて休日出勤です。
高校の文化祭は、今年も正当に進化してましたね〜
何より僕らが高3の時にした外装を、当時中1だった子たちが高3になって再現してくれたっていうのが特に嬉しい。
まー会計だった僕はポスターのネタにされるくらいしか貢献してない気がするけども。(トリさんAIデータ見つかったらちょうだい)
当時は会計なんて雑務は誰にでも務まると思っていたものですが、最近はそんなこともないのかと思い直しちゃったりして。
昔話はいいんだって。


前回まで比較的真面目に研究に近いことを話していた気がするので、今回まで続き。
これで僕の真面目成分は枯れ果てるので、今後数十年はちゃらんぽらんな回が続くんじゃないかな?

話し言葉と書き言葉の違いについてサクッと触れたんでした。
話し言葉を書き起こしたものが書き言葉ってほど単純な話ではありません。
....そもそも僕からすると、どこの国も話し言葉と書き言葉が近い関係にある方が驚きなのですが。(無知なだけか?)
話し言葉は一直線に文字を並べて書き起こすことができて、これは書き言葉と見た目上は変わらなくて。
別に話し言葉と書き言葉が別モノで、もっと二次元上に自由に抽象的に"言いたいこと"を書き表すような言語があってもいいと思うのですが。
もっとも、それが絵なのかもしれないけれども。絵って言うと敷居が高く聞こえちゃう。

話を戻して、これらの比較の話でした。
ちょうどいいので輪講で作った資料を貼っちゃう。
ws_lang.png

要するに、共通点としては、どっちも文字面の言語的情報は含まれているというとこ。
相違点として、書き言葉は
・時間空間を隔てて伝えられる
・離散的に記号化されかつ文法に則っているため処理がしやすい
のに対して、話し言葉は、
・非言語情報が含まれる
あたりがよく挙げられるわけです。
非言語情報っていうのは、音声に限った言い方をすれば、言葉に表れないけれど受け手に伝わる情報(話者の性別・年齢・出身・性格・感情など)を指します。


ここで、この違いを突き詰めるんではなくて、その間を見てみる。
教科書とかを読むと、書き言葉の例として本とか手紙とかが挙げられていて、話し言葉は対面で話すことが想定されていて。
ただ、今の情報化社会では、電話もあれば掲示板、SNSからチャットまで色々あるわけです。
こいつらはそれぞれどっちに分類されるのかと。

何かと流行っているのでLINEを取り上げてみる。

こいつの特徴的なところとして、「既読」(受け手が読んだかどうかが書き手に分かる)っていう、パット見気持ち悪い機能があります。
ただ、この違和感はLINEが書き言葉を伝えるツールだと考えるから生じるものであって。
「既読」をつけることで、話し言葉により近づけて、その結果流行ったのかなと。

もうひとつの特徴として、「スタンプ」ってのがありますね。(これら以外は特に知らない)
スタンプの原型として顔文字があると思うのですが、これらは話し言葉とも書き言葉とも言えないもののように見えます。
文字にすると微妙な感情とかニュアンスとかを伝えるのに使うのかな(?)
自分の趣味を見せつつ(?)、言葉で伝えづらい内容を表すのには便利に機能するんじゃないでしょうか(?)。
あんまり使わないのでよく知らないのですが。


もちろん、どっちがいいとかどっちが悪いとか、どの塩梅がいいとかを言おうとしているんではなくて。
(得意苦手はあるかもしれませんが(>_<)

個人的に、便利さにかまけて何かを疎かにはしたくないと心に決めていて。
顔文字やスタンプ、twitterとか○厨に見られる「テンプレート」文あたは、使用範囲が広くて、面倒な言葉選びもなくて、ふわっとしていて、受け手にも波風立てにくくて、まー便利なわけです。
ただ僕は不器用なので、こういうのに頼りすぎていると、自分の語彙が減っていくだけじゃなくて、いずれ自分の伝えたいことをピンポイントで伝えられなくなる不安があって。
更にいうと、自分の考えとか感情すらどんどん曖昧にしか捉えられなくなっていくような気がして。


そんなことを考えていると、たまーに書き言葉を書くとき思ったことを色々と書きたくなって、こうも長くなってしまうわけです。
自分の絵が下手な理由の一つに「描きたいことを全部描いちゃう」ってのがあると思うんですよね。物理的に見えなくても特徴を描きたくなっちゃう。
調べてみると、これはご存知キュビズムです。実はピカソと発想が近かったんですね。

そんなわけで、芸術的なLINEスタンプを描いて小金稼ぎして、旅行して美味しいもの食べたい。

posted by marpore at 11:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月25日

変わるモノ・変わらないモノ・変えられるモノ・変えられないモノ

横書きの文字ばかり読んでいる。
報告書・教科書・実用書・論文などなど、いつの間にか読んでいて肩に力が入っている。

自分は今特に追っかけている作品も作者さんも無いので、何かのキッカケがないと活字に触れない生活をしてしまっておりました。
この記事のタイトルはとある小説を読んでの感想(?)なのですが、なんだかわかりますかね。
景品はおビール一杯ということで。
ヒントは、母親におすすめしたら一ページ読むなり「君みたいな大学生っているんだね」って言われました。心外です。

いやしかし作家さんの良い日本語は読んでいて気持ち良いし愉しいですね。
言葉遣いが多彩で的確で妙味があると言うか。
一冊本を読んだら一単語でも盗んで自分のものにしていきたいわ。

口調・語り口を作品に合わせて変えるのも私には真似できません。
正直にいうとここで試してみるかと思ったのですが、シロートには一文も書けませんでした。
おそらく僕の最近の書き方は、夏休みにインターネットから隔離されたばーちゃんちに置いてあった「神様のカルテ」に多少影響されております。
その中で引かれている言葉で、セオドア・セレンソンの「良心に恥じぬということだけが、我々の確かな報酬だ」って言葉は刺さりましたね。


どうして「言葉」にこだわってるかって?...聞いてないって?
今の研究で機械学習をやっているわけですが、その対象が言葉だからです。
実は言葉には「書き言葉」と「話し言葉」の二種類あって、そのうち話し言葉についてあれこれ考えています。
この違いについては…又の機会に書くかもしれません。気になるようだったらググるか僕にビールを飲ませてください。


数日前に「人工知能で人類滅亡の脅威、国連で専門家が警鐘」なんてのがタイムリーに話題になってましたね。
ここで、この前の記事に貼っとけばよかったリンクを1つ。

watsonとはアメリカのクイズ番組で、人間のクイズマスターをやっつけた人工知能ですね。
彼が世界中の料理のレシピを学習して、そのルールから独自に考案したレシピが公開されています。
おそらく「踊る梅雨前線」よりは食える料理が並んでるんでしょう。完敗であります。


なんか何について書くか考えてなかったので、取り留めのない感じになってしまいました。
まあ普段は報告書やらメールやらスライドやら、頭を悩ませて書いてばっかりなのでたまにはお許し下さい(?
ではでは。
posted by marpore at 03:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月20日

早く人間になりたーい

もうすぐ高校の文化祭の季節だなとふと思ったわけです。
自分の歌声がガッツリ収録されて三日間も垂れ流される経験を思い出して心にしまった。
まーあの頃はただただ楽しかったなー。
この短い人生で一番前向きに忙しかったタイミングだったと思いますわ。

文化祭の話は尽きないので一旦終わり。
今の自分は機械学習とか人工知能を勉強しているわけですが、これは何故かと。
我ながら真面目な話になりそうで怖い…

今の機械学習は、言ってしまえば大量に集まるようになったデータから、その隠れた法則を学習しているわけです。
要するに、人間の作ったもの・産みだしたものをいっぱい見て真似してるだけですね。
音声認識も画像認識も、認識系は基本的にこんなもんです。

その枠組みを生成っぽく使うと、人工知能のように言われるんじゃないでしょうか。
機械翻訳とか画像変換とか将棋AIとかかな。
この辺とかパッと見ると、おすげえって感じるのは僕だけでしょうか?

ただ、これも人間が作った大量のデータから何かしらの法則を見出して適応しただけで、真の意味で「創造した」わけではないと。
全く無の状態から何かを生み出せるのは人間だけだと。



そう思ってた頃が僕にもありました。
最近ある巡り合わせからある種の創作に手を出してみたんですが、これさっぱり手が進まない。
結局最初のうちは上手い人のものを参考にして真似して勉強するしか無い(そうです)。
そういえばサークルで冊子をまるっとデザインした時も似たようなことを感じたんですよね。

何が言いたいかって、人間も人工知能も学習のプロセスはあんまり変わらんのじゃないかと。
そしたら何が違うのか、何が違って見えるのか、これに今興味があります。
もっというと、自分は人工知能とどう違うのか、もしかして一緒なんじゃないかとかね。

機械学習と人工知能をごちゃっと使ったり、だいぶ説明を端折った気がする。
ま眠いから許してもらお。
...眠いのは人間だからなんですかね?
posted by marpore at 02:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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